Incidents
偶景
アイドルという、歴史に対して唯一直立する芸術について
- ○○○○: チャージマン研てけんたろの嫌いなアウトサイダーアートじゃん
- けんたろたん: アウトサイダーアートと稚拙とは違う
- けんたろたん: まあ文脈の差異を利用して面白がるというのは似てはいるかも
- けんたろたん: アウトサイダーアートが嫌いなのはそういう
- けんたろたん: アホを探してまわってラベリングする行為が嫌いなんであって
- けんたろたん: 単純にダーガーならダーガーを、マネやワッツやレンブラントやなにやらとかと同じ目線で好きというなら
- けんたろたん: それはそれで全然問題ないと思ってます
- けんたろたん: こいつ知恵遅れだからヤバイ、というのとダーガーが好きということになんの違いがあるかわからない
- けんたろたん: 僕はそういうの本当に嫌いです
- けんたろたん: たとえば精神病院とか養護学校とかの展示会みたいなのが漁られたりするわけですよ
- ××××: アウトサイダーアートのブームがどんな規模だったかしらないのですが
- ××××: 儲かったのかな
- ××××: 商業道徳があるとして、それと普通の道徳と、んでそれらと芸術の話
- ××××: さらに芸術の享受の話とか、
- ××××: いやまあ思いついたことをただ並べたのですが
- けんたろたん: まあ儲かりはしないでしょうが、ディストリビュータのひとは主観的には儲けおうと考えていたんじゃないですかね
- けんたろたん: 別に金のためならアホや気違いを利用する、という商業道徳を否定する気がないですが
- けんたろたん: そうと知らずにそういうのを素晴しいと思ってしまう不道徳は嫌いです
- けんたろたん: 僕は、たとえばアホで無知なやつが
- けんたろたん: 昨今は街中で見る女の子やAVに出てくる女の子のほうが
- けんたろたん: 下手なアイドルよりかわいいとかいう
- けんたろたん: そういう手合いが大嫌いな程度には
- けんたろたん: アイドルというものの才能を信じているので
- けんたろたん: 女の子が滅んだところでアイドルさえいれば芸術は生き延びるのであるから
- けんたろたん: 問題ないという心境です
- ××××: うなっています
- けんたろたん: まあかわいい女の子はみんな好きだけど><
- ××××: えええええええええええええ
- ××××: いやぼくもすきですけど
- けんたろたん: 思想とその実践の間には、いくつもの妥協が横たわっています
- ××××: ことハロプロに関しては、辻ちゃん加護ちゃんの事件を引きずっています
- ××××: これはアイドルの話かどうかわからないです
- ××××: 辻加護で時間が止まったなどというのはデリケートアピールではありません
- ××××: しかしアイドル
- ××××: あああああ
- けんたろたん: でもまあアイドルという才能が年齢に相関するのなら
- けんたろたん: しかたないのではないでしょうか
- ××××: ううう
- けんたろたん: 普遍性を持たなくていい芸術はアイドルだけです
- ××××: うわ心読まれた
- ××××: 化と思いました
- けんたろたん: アイドルだけが非歴史的に、歴史に対して直立している芸術なのであって
- けんたろたん: その他の、たとえばアウトサイダーアートなどは
- けんたろたん: 単に非歴史的な無知に他ならない
- けんたろたん: それはアイドルの才能というのが歴史的な普遍性を踏まえるということはその時間的制約によりありえないからで
- けんたろたん: そういう芸術は他にはないのであるし
- ××××: けんたろさんは悲しい気分にはならないのですか
- ××××: アイドルたる彼女たちが年とってそうでなくなるとしたら
- ××××: 更に100年後にダーガーはどんな風に観賞されるのか、という想像はします
- けんたろたん: 「この唇がいつか疲れて声が枯れても歌ってあげるわその胸に届け」by ジュディマリ
- けんたろたん: という
- けんたろたん: あらかじめノスタルジアを呼び起こす芸術形態がアイドルなのであってみれば
- けんたろたん: 悲しみの享受こそがアイドルという芸術鑑賞のひとつでもあるでしょう
- ××××: 覚悟がありませんでしたぼくには
- ××××: ステレオ全開というタイトルですか
- けんたろたん: そうです
- けんたろたん: 唇が疲れたらもう歌うことはありえません
- けんたろたん: YUKIちゃんはアイドルじゃないので歌うけど
1987年夏の女の子たち
1987年のキョンシーの流行ぶりは、異常極まりないものだった。私はその頃小学5年生だったのだが、「キョンシーなんて低俗な!」などとといってミニ四駆を走らせつつ、テンテンに幼くも淡い感情を抱いていた。自らの、どちらかというスイカ頭的なキャラクタを改善したいと思いながら。
思えばあのクラスはなにかに熱中すると、一丸となって極端にそれ一辺倒になる傾向があった。ある時などは、なぜか紙飛行機が流行り、休み時間になるとクラス全員が紙飛行機を作成、飛行させるものだから、あらゆる紙状のものが飛行機へと織り尽くされ、教室がそれで埋まったりしたものだった。イナゴの大群で埋め尽くされた空もかくやという密度で。
その夏、ごく一部の女子(小学生という文脈なので、あえてこの言葉を使う)3人程度が、キョンシーの真似をしながら数珠繋ぎになってピョンピョンとびまわり始めた。彼女らははね回りながら、そのうち、クラスメートを追いかけ回し始めた。噛みつかれた(ことになった)者たちもまたキョンシーと成り果て、彼女たちの後ろに連なる。
多くの男子たちは、その様を、あいつら馬鹿なことやってるよなぁと眺めていたのだが、いつしかクラスの女子全員がキョンシーと成り果て、残った男子たちを追いかけ始めた。その勢いはまさにキョンシーそのものので、小学5年生なんて、女子は既に成長期を迎えている子も多かったりして、体力的にそう男女差があるわけでもない。
どんどんキョンシー化していくクラスメートたち。授業をおとなしく聞いていたはずの女子たちが、休み時間になった途端、集団で凶悪極まりないキョンシーになり変わり、ものすごい勢いで男子を追いかけ回す。まさに、阿鼻叫喚の惨状である。周囲がどんどんキョンシー化していく恐怖。キョンシーとはいえ、女子たちの貪りぶりは完全にメスとしてのそれであり、私はウブな少年ながら、性的に恐怖を抱いていた。
身をすくめていれば、いつかこの冗談も終わる、そう思っていたが、女子たちはいっこうにやめようとしない。私は最後までこの馬鹿げた状況に飲まれまいと抵抗していたが、そのような冗談に関わろうとしなかったクールなO君までもがついにキョンシーと化してしまったのを見て、私の抵抗は終わった。キョンシーと化し、女子たちの数珠の最後尾に連なりながら、全員がキョンシー化した我々のクラスから他のクラスへと、侵攻を深めていった。
おそらく、彼女たちの大多数はその時、初潮を迎えたのだろうというのが私の考えだ。一部の女子から始まった初潮の波が、折からのキョンシーブームと相まって異常な性的昂進状態となり、クラスの女子全体が初潮を迎える自体へと発展していった。いま、私が女性に対して感じているある種の畏れは、あの夏の事件に由来している。しかし、この話を当時渦中にいたはずのクラスメートに話しても、誰もがそんなことはなかったと否定するのだ。
あるかわいい女の子の一生
童顔で背が低くて、幼児体型かつ胸が大きくて、声はアニメ声で動きもちょこちょことかわいくて、「デス・ノート」に出てくるなんとかいう子的な感じの服飾を好んで着用している女の子がいる。コンビニでバイトするその様は非常に熱心で、てきぱきと手際もいいし愛想もよく、ほんとよくできた子であるという感じ。多分どこにいっても好かれるのだろう。
彼女はいつも浅黄色のつなぎを着た若い男の子と、ここ数年つきあっている。つなぎ男のことが本当に好きで、献身的に尽くしているが、田舎で、若い男にろくな収入があるはずもなく、結婚資金をためるためには自分ががんばらなきゃならないと考えている。だから、いまは彼の車が、錆が食ってだいぶボロになりかけの平成ヒト桁年代式紺色ホンダトゥデイでも、しかたがない。
コンビニでは、自分以外の女性店員はみな子持ちの年上ばかりで、若く、子がいるわけでもない彼女は少し浮いた存在だ。それになんといっても彼女は男性バイト(いい歳こいて、田舎のローカルチェーンコンビニで働く男なんてろくでもない生き物なのだが)によくモテるし、彼女を誘いたいがために、彼らは慰労会を企画したりもし、女性従業員だってみんなそれをわかっていて、僻まれてしまったりもする。
彼女は、誘われるとニコニコと、しかしきっぱりと断り続けてきた。それでも何度か慰労会は企画され、また、個人的に誘う者も現れたりしたが、そのたびに同じ笑顔、同じ口調できっぱりと、一部の揺るぎもなく断り続ける彼女。鉄壁の、身持ちの堅さ。
それは彼女の生家の事情に由来するものだ。父親は、ろくに働きもせず酒ばかり飲んでおり、母親が一家をあらゆる面で支え続けてきた。長女である彼女は、幼い頃から仕事で遅い母親の代わりに、弟たちにご飯を作ってあげたり、家事全般をずっとこなしてきた。だからといって、彼女は家族のことを重荷に思ったりしないし、ましてや、嫌ってなどいない。ただ、誠実なひとといっしょになり、幸せな家庭を築きたいというささやかな夢を持っているだけだ。
しかし、つなぎ男がそんな彼女の気持ちを知るはずもない。彼女には誠実だと見えた彼の性質は、単なる若さゆえの、不誠実をすら行えない無知でしかなかった。彼女との付き合いが深まるにつれ、その若い男もまた、世間を学んでいく。彼女もまた、彼の誠実さを好いていたはずが、いつの間にか、ふたりでいる状態を維持することが主目的と化す。
彼がいっこうに貯蓄する気配もなく、金をパチスロにつぎ込んでいるのを見て見ぬふりをしながら、コンビニの700円の時給をこつこつ積み上げても、幸せには程遠いことに気づかない。車は、あれから数年たったいまも、あのボロボロのトゥデイのままだ。
彼女が幸せになることはないだろう。





